全 国 巨石磐座 探訪記 |
九州の 巨石 磐座 |
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古事記神話によれば、地球創世記の頃多くの神々が生まれたが、その中で日本の国土を産んだとされるのが、イザナギと イザナミの二神である。 この兄妹神は国土創世のあと様々な自然神を産んだが、ヒノカグツチという燃え盛る火の神を産んだ時の火傷が原因で、 母イザナミはこの世を去ってしまう。夫であるイザナギは大いに嘆き悲しみ、なきがらを比婆山に葬った。 父の悲しみは赤子への憎悪となり、腰にさした十拳の剣を抜き放つとカグツチの首を切り落としてしまった。そのときに血が 周りの岩群に飛びそこからまず三柱の神々が、さらに五柱の神々が生まれた。 これが古事記の伝承である。 イザナミの埋葬地は詳しくは「出雲の国と伯伎(ははき)の国との堺の比婆の山に・・・・・・」と なっている。 |
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左右とも花の窟 |
一方日本書紀では、イザナミは紀伊国の熊野の有馬村に葬られた、と なっている。そして、 土地の人がこの神をお祭りするには花のときに花を 持ってお祭りする、と語られる。 この祭祀が現代にも受け継がれている三重県熊野市の花の窟神社の 神事である。 さらに、カグツチが父に切られた時、三つ又は五つに断た れた身体から神々が生まれ、剣の刃先から滴る血が天の安川のほとりに ある岩群となり、さらに他の神々と共に磐裂神という神も生まれた・・・・・。 花の窟は日本最古の神社と云われ、自然を崇拝する古神道の源流に 位置する信仰形態を今に伝える。石の鳥居をくぐって参道を行くとゲート があり、そこをくぐると眼前に広がる巨大な岩壁を仰ぎ見ることができる。 その岸壁がご神体なのだ。 空間で、圧倒的な大きさで眼前に広がり聳える高さ45mの岩壁にイザナミ の尊が、その対面の岩にその御子であるカグツチの神が祭祀されている。 |
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花の窟神社由緒書によると、日本書紀からの引用として「イザナミの尊は火の神カグツチを生んだがその時の火傷のため 死亡した。そして紀伊国熊野の有馬村に葬られたと伝承される。 また、土地の人がこの神をお祭りするには花のときに花をもってお祭りし-----」とある。 伯伎(伯耆)の国とは現在の鳥取県米子市、倉吉市そして東伯郡、西伯郡、日野郡のようであるが(Wikipedia)、さて、 比婆山は広島県庄原市と島根県安木市の両方にあって、両者ともイザナミの神陵があることになっている。二つの比婆山は 直線距離にして大雑把に約35kmしか離れていない。 庄原市の比婆山は標高1264mでイザナミの尊の御陵と伝えられる墳墓が存在する。安来市の比婆山は標高300mほどで 久米神社奥宮が祭祀されていて、本殿が古墳のようになっている。 |
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左右とも東霧島神社 |
イザナミ神の埋葬地はほぼ判明したものとして、さて、イザナギの尊が カグツチの命を切った現場はどこか、その行為によって生まれた岩群は 現在どこにあるのか、という疑問が湧いてくる。 阿刀田高著「楽しい古事記」の冒頭でイザナギ・イザナミ神話が語られ、 九州の東霧島神社を訪れて、「斬られた火の神は石となって、この地に 残り、それが裂石の縁起由来である」と書かれている。 東霧島神社は宮崎県高崎町にあり、都城市の北方に位置する。 目的地は宮崎自動車道とほぼ平行に走るJR吉都線の沿線にあるのだが たどり着くにはいささか戸惑う。メジャーな霧島神宮や高千穂峰登山の拠 点となる霧島東神社と違ってここには観光客はほとんど来ないのだ。 |
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だがここに、前述のように日本神話の重要な痕跡がある。 裂石には他に多くの名称があり、裂磐、神石、魔石、雷神石とも云うが 境内の看板には、「愛しい妻イザナミの尊を恋い慕う悲しみの涙で凝り固 まったのが「神石」である。」そして「十握の剣」でこの石を「今後再びこの ような災難に世人が遭わないようにと、深き祈りの心を込めて三段に切った 」と書かれている。つまり裂岩はカグツチの身体ではなくてイザナキの涙が 固まったものだ、という。その一方で、カグツチを三段に切ったのが神石で その一片は宮崎市内に飛んだ、という伝承もある。(「東霧島神社由来記」 「宮崎県大百科事典」) |
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「高崎村郷土誌」には、「神石は愛岩石又は魔石といい又難産児あるい は雷神石ともいう。イザナミの尊はこの石の場所におかくれになったので・・ ・・・イザナキ尊は・・・・三段にお斬りになった・・・・」という記述が見られる。 即ち東霧島神社の由緒によるとイザナキとイザナミからカグツチが生まれ 、その母が死亡した舞台はここ、都城市高崎町東霧島であった、となって いて、熊野や比婆山との繋がりは見いだせない。 さらにカグツチを斬った十握の剣がこの神社の神宝として保管されていて 古いパンフレットにはその写真が載っている。(写真右) |
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さて、イザナギ・イザナミに関する伝承の違いが大きく三つに分かれ、また 裂石の伝承もこの地方の神社においても数種の相違が見られる。その 各々の差異をどういう風に整合させればよいのだろうか? もとより神話世界で語られる事柄は、現実の物理世界では起こり得ない 事象が多く、極めてファンタジックである。あるいは実際に起こった出来事 を象徴的に伝えているのが神話というものかも知れない。 それが時代を重ねるにつれて各々が変形された結果、神話群の錯綜が 発生する。 |
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また、古代日本の歴史を伝える文献として代表的な古事記と日本書紀があるが、古文献はそれだけではない。8世紀に 我々の生きている現実世界は物理法則に支配されている。あたかも古代の刀でスパッと切ったかのように見える見事な しかしながら、我々が認識することができるのは、この宇宙のほんの僅かな一部分にすぎないのだ、と考える時、古代神話 |
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参考文献; |
花の窟神社由緒書 高崎町・著「高崎町史」 山と渓谷社「広島県の山」 阿刀田高・著「楽しい古事記」 岡本稔・著「淡路の神話と海人族」 東霧島神社・著「東霧島神社由来記」 三浦佑之・訳・注釈「口語訳・古事記」 田中勝也・著「異端日本古代史書の謎」 井津尾由二・著「国生みの島と海人」 前川正夫・編集発行「おのころ島物語」 宮崎日日新聞社・著「宮崎県大百科事典」 宇治谷孟・著「全現代語訳日本書紀上下」 熊野市史編纂委員会・著「熊野市史上巻」 宮崎県北諸県郡高崎町・著「高崎村郷土誌」 寺林峻・著「ひょうごの神々を追う・天の浮橋」 出雲井晶・著「誰も教えてくれなかった日本神話」 |
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