全 国
巨石磐座
探訪記
  
矢喰宮
伝説の巨石たち
岡山県
巨石
磐座
 
 

所在地; 岡山市北区高塚 
 
 
      吉備の国は古代日本の地方国家の一つとして弥生時代末期から古墳時代の5,6世紀にかけて繁栄し、その領域は現在の岡山県全域と広島県東部、さらに兵庫県と香川県の一部にも及んでいた。現在は岡山市北西部から総社市にかけての一帯を観光エリアとして「吉備路」という名称が定着している。(Wikipedia
 矢喰神社は岡山市中心部のおおむね西北西の位置、岡山総社IC近くの国道180号線沿いにある。 一帯は矢喰の岩公園として整備されその中に伝説の巨石群とともに矢喰神社が祀られている。

矢喰の岩公園
 
 説明板によると、祭神は吉備武彦命で、後に天満宮を合祀し、矢喰天満宮ともいう。続いて吉備津宮縁起による伝説が語られる。

「第十代崇神天皇の時百済の王子温羅(うら)と云う者があった。」が、「腕力絶大常に仁義を守らず日本を覗わんとする志があった。」後に鬼の城と云われる地に「大門を起し、城壁を築き矢倉を立てて城郭となして居を構え、」「近里に往来して人民を悩乱せしめた。時の人この城郭を鬼の城と称し恐れた。」そこで天皇は「大吉備津彦命を派遣して之を征伐せしめられた。即ち彦命は兵数千を率いて東の方吉備の中山に陣し」・・「鬼の城に向い温羅と戦った。彦命、矢を放てば温羅の矢と空中に噛合い海中に飛び入る。其の所に宮を建てて矢喰宮と云った。」・・「他の一矢は温羅の左眼に命中した。」その流血で血吸川(砂川)ができた。「温羅は雉となって山中にかくれたが命は鷹と化して之を追うた。次には鯉と化して血吸川に入ったので命は鵜と化して噛んで之を揚げその所を名づけて鯉喰宮と云った。(東南二キロにあり)」・・「当時このあたりは海であった。」(「」内は看板の記述)


鬼ノ城

鬼ノ城西門
 

吉備津彦神社と吉備の中山  
 薬師寺慎一・著「祭祀から見た古代吉備」を読むと、まずこの伝説の地理的な関係を述べている。即ち、「地図でみると、吉備津彦命が本陣を置いたという「吉備の中山」と「矢喰宮」と温羅の居城であったという「鬼ノ城」の三者は一直線上にあります。更に、矢喰宮は吉備の中山と鬼城山のほぼ中間点に位置しています。故に、吉備津彦命の射た矢と温羅の投げた岩がくいあって落ちた所が矢喰宮だという伝承は実によくできていると言えます。」    
鯉喰宮
   旺文社の「岡山県道路地図」で見てみると、上記の三者は幾何学上の「一直線」ではなく、ほぼ中点の矢喰神社において約25度折れ曲がっている。とはいうものの、伝説の物語に、幾何学的な精密さを持ち込むのは場違いというものであろう。また、空中で何かに衝突した岩が砕けた場合、その真下に落ちるとは限らない。  
 

 薬師寺氏の著書に戻ると、矢喰宮の巨石が磐座かどうかについて論じている。磐座とは山から神をお迎えするための依り代であるとすると、周辺には吉備の中山と鬼城山をはじめ、庚申山、長良山、龍王山などの山々を望むことができる。従って、古代の矢喰宮はこれらの山の神々をお迎えする遥拝所であったと考えられる、と述べている。

 
   だがしかし、一連の巨石は鳥居の外側や脇にあり、傍らの看板には「郷土記念物・矢喰の岩」として前述の伝説が説明されている。

鳥居をくぐって進むと正面の奥に祠があってそこで参拝すると、温羅がいたとされる鬼城山に向き合うことになる。つまり後世にできた鳥居と祠は一連の巨石を拝むような位置にはない。それらは吉備武彦命を祀るためのものであるからだ。そうであるならば、祠は吉備の中山を仰ぐ向きに位置すべきであるが、そうはなっていない。なぜか? どなたか、この疑問に応えて頂けないものか?・・・・

 
参考文献; 

現地説明板
  山陽新聞社・発行「岡山県大百科事典上巻」
立石憲利・著「おかやま伝説紀行」吉備人出版
     谷川健一・編「日本の神々第二巻 山陽・四国」        谷山雅彦・著「日本の遺跡42鬼ノ城」(株)同成社   
   
薬師寺慎一・著「祭祀から見た古代吉備」・吉備人出版 

ホーム 
 
地 域 全国へのリンク集
東北・北海道   女郎子岩   岩木山  
 アラハバキ大神の巨岩 辰子の鏡石
姫神山のメンヒル  
 三ツ石神社  南部藩の烏帽子岩
北関東    加波山の三尊石  竪破山の太刀割石 
 名草の巨石群 
 産泰神社の巨石群 岩神の飛石 榛名神社の巨石
南関東  三石山の三体の巨岩   海南刀切神社   琴平神社の巨岩 
 北陸   五箇山の天柱石  電力会社が祀る龍石
石仏山の立石  機具岩  高瀬宮  
大矢谷白山神社の岩塊  飯部磐座神社 内外海半島の大神岩
甲信越    立石神社の巨石群    石割山の天戸岩  
雲峰寺の裂け石  大石山の奇岩群  花後薬師の磐座
日代御子神社の獅子岩   石森山の巨石群
諏訪大社の磐座  諏訪七石の一・小袋石
東海
伊豆/静岡
白濱神社の大明神岩  淡島の大黒岩
河内の大石     阿波々の森の巨石たち 天白磐座遺跡
立石稲荷  大国主を襲った赤猪石    巌室神社の稲荷神 
東海
愛知/岐阜/三重 
赤岩尾神社の柱状巨石  白山中居神社の磐境 
 花の窟  伊勢の天岩戸  伊勢の鏡岩 千方窟
女神が投げたつぶて岩
近畿  
兵庫/大阪/京都
破磐神社の割れ岩     巌石神社の巌    天の御柱
蛤山の蛤岩  石宝殿   高御位山
笠置山の巨石めぐり 伏見稲荷大社の磐座 
 神谷磐座 岩屋神社の陽巌と陰巌
  交野の磐船     平石の磐船  
 有馬の袂石   有馬・愛宕山の天狗岩
近畿
滋賀/奈良/和歌山 
青竜山の磐座  謎の安閑石   神倉神社のごとびき岩 
 稲蔵神社の烏帽子岩  天乃石立  平群石床神社
香具山の天の岩戸  香具山の二つの巨石  御厨子山の月輪石
山陽      玉比神社の玉石   番田の立石    石畳神社  楯築遺跡  
    岩倉神社の磐座群   最上稲荷の巨石群  高梁の夫婦岩
磐岩神社の磐と岩  矢喰宮 鬼突岩
龍泉寺の巨石 大土山の高天原  
山陰  伯耆国の羽衣石   宮戸弁天   大国主と赤猪岩
霊石山の御子岩
坂浦の立石   スサノオ神話・須我神社奥宮の夫婦岩
四国   天岩戸立岩神社  立岩神社  阿波国の天岩戸
天神社の姫宮  八幡神社の磐境
忌部山の真立石   安神山の烏帽子岩  高山メンヒル
九州・沖縄   東霧島神社の裂石  神に斬られた巨石の破片 
万座ビーチのトベラ岩 
沖縄の亀石
メールをお寄せ下さい
ご意見、ご批判、御指導、そして巨石情報等お待ちします。
 
メールアドレス
3setsu.tk@gmail.com  
 
 
inserted by FC2 system