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巨石磐座
探訪記
  
忌部山の真立石

所在地;徳島県吉野川市山川町忌部山

徳島県
巨石
磐座
              真立石                         忌部本宮大社

忌部山に登拝して以来、忌部氏について関心を持つようになった。忌部氏は古代朝廷において祭祀を担った氏族で、現在の奈良県橿原市忌部町周辺(天太玉命神社に祖神が祀られている)を根拠地とし、朝廷の祭祀と祭具の製作を担った。祖神天太玉命(あめのふとだまのみこと)は、古事記や日本書紀の天岩戸神話に登場する。
岩戸に籠もってしまった天照大神を外に出すために、忌部の祖神・天太玉命は榊を手にし、中臣氏の祖神・天児屋命は祝詞を奏上し、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が半裸で踊り狂った、という神話である。

中臣氏は忌部氏と共に朝廷の祭祀を行なっていたが、次第に勢力を増し、忌部氏より優位に立っていった。

祭具に関わる公務員としての忌部は各担当に分かれていて、各々の氏族は後に忌部氏を名乗った。玉を納める出雲忌部、木を納める紀伊忌部、木綿や麻を納める阿波忌部、盾を納める讃岐忌部などがあり、それぞれの祖神を有していた。また、福井の越前、兵庫の淡路、岡山の備前、島根の隠岐の島、千葉の安房などにも忌部氏がいた。
各地の持つ本来の風土を利用して様々なものを生産していた民族集団が大和政権に服属されていった結果である。

阿波忌部については、徳島市出身の古代史研究家・林博章氏の著書「天皇即位と大嘗祭・徳島阿波忌部の歴史考」などに詳しく記載されている。 

阿波の人々は、弥生時代後期から吉野川流域と剣山系を中心に展開し、各地に麻などを植え農業、養蚕、織物、漁業、製紙などの生産活動をし、彼らが後の阿波忌部となった。阿波忌部の祖神は天日鷲命(あめのひわしのみこと)で、太玉命が率いた忌部諸族の一つとされる。

 
山崎忌部神社
忌部山は、吉野川に沿って東西に走る徳島線・よしの川ブルーラインの南方約1kmの場所にある。国道192号線の信号交差点脇の「忌部神社・聖天寺」と書かれた看板を見て南に入る。住宅街の狭い道を抜けるといきなり林道然とした道になる。少し走ると曲がりくねった狭い道の途中に広い駐車場がある。道の反対側に山崎忌部神社があり、山側に聖天寺への歩道がある。ガードレールに沿って登っていくと程なく聖天寺に着く。この寺は無人でやや荒れている。その脇から忌部山への登山道を登って行く。   
鳥居の脇から登る

忌部本宮大社  

道はなだらかで数百メートルの所に広場がありその奥の傾斜地に巨石群がある。舟形の巨石の上に祠があり、それが忌部本宮大社である。一帯は黒岩磐座遺跡と云われる。

麓の忌部神社の祭神は天日鷲命と天太玉命他6柱の神々である。現地説明板にはその他に、往時は黒岩と呼ばれる所にあったが、地震により社地が崩れ現地に祀られるようになったという。

   
 
黒岩磐座遺跡
 

池田清隆・著「磐座百選」では「忌部神社正跡考」というやや古い文献が紹介され、黒岩というのは地名ではなく、社地と思われる山中に乱立する巨石群をみて誰ともなく黒岩と云うようになった、という記事を紹介している。傾斜を下って下から見上げる累々と積み上がった巨石群はインパクトがあり、最上部の祠が一群をまとめている。

  

 
   とくに印象に残ったのは、巨石群から数十メートル離れた傾斜地に屹立している真立石という2本の立石である。説明板には、「・・・高さ一丈(約3m)回り7.8尺(約2m)程の巨岩。上古神社の鳥居は、2個の立石を建てたものであったといわれ、旧忌部神社の鳥居であったと思われる。・・・」と書かれている。また平成12年に、埋もれていた片方を掘り起こして復旧したとのことである。

絶妙な間隔で屹立する一対の真立石を見ていると、阿波忌部の残像を見るような、不思議な感慨を覚えるのだった。

 
   そこからさらに数百m進むと5基の古墳群がある。忌部山古墳群は徳島県立博物館によって調査された。忌部氏との関係については、説明板に「・・・この石室の作り方は、「忌部山型石室」と呼ばれ、吉野川市内に数多く造営され、阿波忌部との関係が指摘されている。」と記されている。

麓からここまでの道は景観も良くはなく、休日のハイキングに適しているとは云えないが、忌部山とは、阿波国発祥の地、忌部一族の聖地なのだろうか。

 


参考文献;

 

フリー百科事典「ウィキペディア」
池田清隆・著「磐座百選」(株)出窓社
三浦佑之・著 口語訳「古事記」(株)文藝春秋
一般社団法人・忌部文化研究所・ホームページ
宇治谷孟・著「全日本書紀・全現代語訳」(株)講談社
林博章・著「天皇即位と大嘗祭・徳島阿波忌部の歴史考」
(株)日本地域社会研究所

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